◆若竹屋酒造場さんの歴史についてお話ください。
時は元禄12年(1699年)、初代若竹屋伝兵衛が現在の福岡県、筑後地方にある農村・田主丸(たぬしまる)に蔵を開きました。筑後地方では最も古い蔵元ではありますが、若竹屋はいわゆる庄屋のような資産家ではありませんでした。
他の酒造家が大地主であり、余剰米を酒造りにまわしていた時代ですが、初代伝兵衛は酒そのものの魅力に取り憑かれ酒造りを始めたと伝えられます。
若竹屋に伝わる家訓のひとつに「美田を残すな」というものがあります。元禄より時代がすすむにつれ、他の酒造家は廃業していき、現在では田主丸に蔵は若竹屋一軒となりましたが、それは余剰米で酒を造るのではなく、自ら米を選び、仕入れ、良き酒を造ることに資産のすべてを賭けてきたからである、と家訓は伝えています。
よく「伝統を守り続けるプレッシャーがあるでしょう」と言われますが、「守る」という感覚はあまりありません。若竹屋が長い歴史の中で飢饉や革命、戦争といった激しい時代を生き抜いてきた理由は、むしろ「革新的」であったからと思います。革新の連続の証を伝統と呼ぶのかもしれません。不易流行という言葉がありますが、変わってはいけないものと変わらねばならないもの、そのバランスの中で常に意欲的なチャレンジをすることが伝統を産み出す源だと思います。そういった意味からも、私自身も自己革新をし続ける経営者でありたいと考えています。
◆現在の事業の内容についてお伺いいたします。
若竹屋では清酒製造販売をしています。年商3億円で従業員は36名です。社内では私たちの仕事を「人間活性化業」と言っています。酒は「喜びを増し、哀しみをいやし、怒りを和らげ、明日への英気を養うもの」だからです。
私が帰郷した15年前は量産量販型の業態でした。しかし若竹屋の強みと市場環境から高品質製造高粗利販売な経営に転換しようと改革を断行しました。結果的には売上規模で3分の1に減少しましたが、利益は5倍以上伸びました。
お客さまの声を直接聴く場として「元禄蔵」という直売場を開設し、飲食店へのアプローチを目指したので築200年の母屋を改装して料理処「和くら野」を開設しました。お客さまの声が製品開発と顧客サービスに反映され、顧客リストを元に通販事業が展開され、飲食経営のノウハウを福岡市内の料飲店開拓に活かしています。
以前は卸会社が顧客でしたが、現在は直販直取引が主体となってきました。返品ありの値引条件販売が当たり前、押し込み営業が販売の基本だったものが、今ではまるで別の会社です。様々な苦難もありましたが、明るく前向きな社員たちにいつも助けられてきたように思います。経営者としても人間としても未熟若輩な私を支えてくれた社員は、まさに私の家族です。その意味では、若竹屋はまさしく家業ですね。しかし経営は企業的に論理的に進めるものと取り組んでいます。
◆株式会社巨峰ワインの役員もされていますね。
祖父が葡萄品種「巨峰」を全国で初めて露地栽培しました。そこで田主丸は「巨峰のふるさと」と呼ばれていますが、父がその巨峰を原料としたワインを開発しました。日本で最も小さいワイナリーの一つですが、敷地内にレストランカフェを設けています。その責任者として従事していますが、いずれ会社を後継する立場でもあります。
現在は父が経営していますので、あまり口出しすると喧嘩になってしまいます(笑)。若竹屋では改革のイニシアチブを私が取りましたが、巨峰ワインについてはもう少し先になるでしょうか。
田主丸には「巨峰狩り」に年間70万人の観光客が来ます。ワインとして世界に例を見ないオリジナリティと物語があるこの会社には、まだまだ高い発展と成長の余地があります。近い将来、経営者としてスタッフみんなと大きなビジョンを描き実現をしていく、そんな楽しみがあります。
●株式会社巨峰ワイン
◆筑後の地場産業としての役割は?
雇用と納税は地域貢献の基本ですが、私が重視しているのは我社の職員さんたちが人間的成長をすることで地域や家庭でのリーダーシップ等を発揮することです。それは地場産業としての大きな地域貢献となるでしょう。その意味で、学校では学べなかった人生の大事を、仕事を通して、また職場で学ぶこと、その機会と場をつくることは企業経営者の使命の一つと思います。
もうひとつ。町に蔵がある風景、というのは「ふるさと観」を形作っているものの一つではないでしょうか。冬になると蔵のまわりに湯気が立ち、酒の香りがする。そこに町の人々は季節感を感じていただいているようです。町の風景の一つとしての役割というものもあるでしょうか。
若竹屋の家訓の一つに「若竹屋は先祖より受け継ぎし商いにあらず、子孫より預かりしものなり」とあります。酒造業を生業とし300有余年にわたり同じ土地で商いを続けているからには、周囲の自然環境や技術、商いのあり方や地域とのつながりは総て「自然な、正しい姿」で次世代へと還してゆくものである、という哲学が伝えられたものです。
酒の原料である「水」と「米」は自然環境の鏡です。これらを守っていくことも若竹屋の役割だと考えています。