◆では、どうやって届けていこうとお考えですか?
「良くて売れる本」が本当に良い本だと思います。
ただ単に作家の自己表現や自己満足、編集者の自己満足だけでは、本当に良い本は作れません童心社の場合は、まずは日本の子どもたちに受け入れてくれるものでなければ、良い本とはいえないと思うのです。
しかし、絵本というものは人間の本質的なものを語るものですから、赤ちゃんは昔も今も変わらないわけで、魂に呼びかける本をつくっていきたいと思っています。子どもを生んだばかりのお母さんたちはとても真摯です。この子が優しい子で元気にそだってほしいと願う姿はとても美しいと思います。しかし子どもが成長して社会との関係が濃密になっていき、競争社会の中で変わっていくことが多いですね。
話は変わりますが、「音楽をすべての人のものに」というハンガリーの作曲家であり民族学者、教育者であったコダーイ・ゾルタンの理念を汲み、日本の音楽教育の変革を当初の目的として、1968年に羽仁協子氏がコダーイ芸術教育研究所を設立して、わらべ歌の指導をされていました。
だいぶ前のことですが、羽仁さんが中央区の公民館で日本のわらべ歌の指導をするというので、伺ったことがありました。まだ幼稚園に行かないくらいの子どもを連れたお母さんが15人くらい集まっていました。羽仁さんについて一緒に、聞いたことの無いような日本のわらべ歌を若いお母さんたちは、ついて歌えるんですよ。 わたしも歌えるようになりました。
これって日本人の体に入っているDNAだなと思いましたね。それまで泣き叫んでいた赤ちゃんたちが、お母さんたちのわらべ歌でみんなすやすやと寝てしまうのです。現代的なお母さんたちばかりでしたが、日本人の血が脈々と流れているのだと、感動したことがありました。
◆では、出版業界についてお伺いします。
出版業界そのものがかなり厳しく、ご存知の「ハリー・ポッター」
が出て、よくなったように見えますが、それを除くとここ10年くらい総売上が下がってきています。
活字離れが大人だけではなく、子どもにも進んでいます。コミック業界も悪くなってきています。出版界全体ではあまり良い話はありませんね。でもだからといって、本が無くなってしまうかというと、そうではなく、紙の文化は残ると思っています。紙のぬくもりは、人間の本質を共有できるものがあると思うのです。
携帯小説って、今若い女性の中でブームのようですが、その中から純文学に興味をもってくれる人たちもいるようで、そんな形もあっていいかもしれませんね。
童心社は、子ども達の幸せと、子どもたちが元気にのびのび暮らせる社会を求めて、子ども達に希望を与えられるような作品をずっと作ってきた会社です。それらの強い思いが込められた作品がロングセラーになっています。「いないいないばあ」(松谷みよ子・瀬川康男)は日本で一番売れている絵本です。実売400万部で、「赤ちゃんの本シリーズ」は全9巻で1300万部だと思います。そういう財産を持っている会社でも、12〜3年前には、大量返品で非常に大変でした。出版業界全体が苦しい時で、その中で耐えた会社と耐えられなかった会社とに当然分かれました。
童心社の場合は、ロングセラーがあったおかげと、新しいロングセラーを生み出すことができたから、どうにか新社屋も建てられる状態にもってくることができました。
◆年代的に届けたいものを届けることのできる作家さんや編集者の旬ってありますか?
「45歳ピーク説」ってあるのですよ。これはこの世界だけに限ることではありませんが。45歳というのは、過去も見れるし、これから先も見れるし、体力もある、一番充実した年代ではないでしょうか。私が40歳になった年にこんな年賀状を出しました。「私はとうとう40になってしまいました」(笑)
そうしたら、ある京都にお住まいの作家さんからお電話があって、「40代はいい年よ。太陽が昇るのも見れるし、太陽が沈むのも見れるじゃないの」っていわれました。40代って一番働ける時期じゃないかしら。でも社長の仕事はべつかもしれませんが・・・。(笑)