◆編集と経営は違いますか?
1998年に三代目社長に就任したのですが、それまで取締役編集長として10数年やってきましたが、まったく違いました。社長は会社全体をみなければいけませんから、大変でした。当時は、出版界全体が大量返品の余波を受けて童心社の経営自体もかなり厳しい状況で、売上も11億5000万円と落ち込み、赤字に近い状態でした。
社長を引き受けて3年間何をやってきたか記憶が無いくらい無我夢中でした。(笑)
やったことは、1:1(いちいち)対応ですね。「私はあなたを見ていますよ」「大事に思っていますよ」という気持ちが伝わるように、毎日社員ひとりひとりに声をかけ続けました。全員に声をかけ続けたことで、みんなの心がひとつになり、やる気がでて会社が元気なっていきました。「見ていてくれる」という安心感で、明るく安心して働けるようになったと社員から言われました。ひとりひとりの力の発揮の仕方で会社は変わりますね。最後はやっぱり人だなぁとつくづく感じました。9年経って売上も20億円となりましたが、また次のステップに上がっていく時期になったと感じています。
◆今年の7月に本社新社屋が落成なさいましたね。
もともとは新宿区四谷に本社ビルがありましたが、創業50年を前に老朽化が激しく、5年がかりで文京区に新社屋を建築し、去年7月に移転を完了しました。私は、この新社屋は童心社ビルですが、童心社だけのビルではないと思っています。読者の人たちがいてくれて、作者の方がいてくれた、だから童心社があるのです。建築に当たって一番心配だったのは、どういう出版状況になるかわからないということでした。そのために、まずはこの土地を購入し駐車場として貸して借り入れの返済し、土地代をゼロにもっていってから四谷の土地を売却し残りを借り入れて社屋の建設をしました。総工費は約7億円ですね。当初こちらの町内会でも、社屋の建設に反対の方もおられましたが、現在は、クリスマス会や夏祭りなどを童心社でやってほしいという申し出もあり、紙芝居や絵本の読み語りなどのイベントで協力をしています。
◆次のチャレンジとは?
童心社の場合はいいものを出版していくことだけでいいではないかという意見もありますが、今の時代、優れた出版活動を行っていくには、社員教育も必要だと思い、今年から製造業ではないのですが、ISO9001に取り組むことになりました。新しい社長の下で、体質の近代化を図っていってほしいと思っています。
先ほども申しましたが、紙芝居は日本人が生み出した大切な文化財です。私はここ6年程前からは特に力を入れて紙芝居運動を展開しています。新社屋の4階には“KAMISHIBAI-HALL”をつくりました。ここから紙芝居の素晴らしさを発信していきたいと考えています。
私自身、「紙芝居文化の会」を作り、(現在500名の会員規模となっています)海外での紙芝居講座も展開しています。フランスで初めての子どもの本の図書館を作った、世界的に有名なジュヌヴィエーブ・パットさんのところでも紙芝居の講座をやりました。彼女たちが「紙芝居というのはすごい文化だね」と言ってくださり、そこから交流が始まり、今年の11月に弊社へお招きすることになっています。
紙芝居を外国の方のほうが、素直に日本の文化財として認めれくれるのですが、日本は街頭紙芝居のイメージが強すぎますね。早く日本でも「紙芝居」が素晴らしい日本人が生み出した文化財として認められる社会になってほしいと願っています。そして、この大切な文化財「KAMISHIBAI」を世界に発信して行きたいと思っています。そのためにも、童心社者の理念の下に若い世代を育てて行きたいのです。これは急務だと思っています。
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