◆お母様のお話を少し聞かせていただけますか?
今年の5月に88歳で他界しましたが、大正10年生まれのおもしろいおふくろでした。祖母から聞いた話ですが、おふくろは若い頃からハタキを持って掃除をしている時でも片手に本を手放さない、アイススケートが上手な人でした。私が小学生の頃、家事をしながら何時も鼻歌でカルメンを歌っていました。「そちらがおいやでも こちらで好きよ 恋は気ままなもの♪」そばで聞いていた私の頭の中にすっかり入ってしまって、学校の工作の時間に、工作をしながら、「恋は気ままなもの♪」と思わず歌っていました。その先生はおふくろに興味を持って会いたがっていました。(笑)
私が2歳の時に親父が亡くなり、私と妹を女手ひとつで育ててくれましたが、家には惨めな雰囲気はどこにも無かったですよ。おふくろは「大丈夫、大丈夫、心配しいな、なんとかなる」といつも口癖のように言っていました。堺市の町の人はみんな大らかでプラス思考です。
◆その後会社は順調でしたか?
開業して4年くらい経った時、俺の会社も危ないなあということがありました。銀行に融資してもらわんとあかんようになったのですが、なかなか支店長が判を押してくれません。困ったと思っていたら、その支店長が会社に来まして、「転勤することになったので、あんたの融資、判を押しといたる」と言ってくれました。これで助かりました。置き土産みたいなもんですわ。もし転勤がなかったら、アウト!です。潰れていました。(笑)
20年ほどして、ある日いきつけの飲み屋に入ったら、その人が奥さんと座っていました。「どないしたんですか?」と聞くと「私、退職して近所に引越してきました」と。その人はもう今は亡くなりましたが、その後、しばらくは会社の顧問として、銀行の裏の話や、銀行との付き合い方などを教えてもらい、経営のアドバイスもたくさんもらいました。また、置き土産を残してくれました。(笑)
◆分け前とか、ニアピン賞とか、とてもユニークな経営をなさっていらっしゃいますね。
どういうきっかけからでしたか?
会社を始めて5年くらい経った時です。いつもは従業員にもっと経営者になったつもりで仕事をしてくれたら、もっと儲かるのに。本気になってやっていないと思う部分がありました。そのくせできたら安く使いたい。ボーナスもあまり出したくない。この程度出したらなんとか我慢してくれるかなあというぎりぎりのものしか出したくない。だから社員も社長も、意識するしないに拘らず他人行儀な関係になってしまっています。もっと利益を出したい。もっと従業員との関係も良くしたい。ボーナスも両者がすっきりとした気分にならなあかん。なんとかせないかんなあと思ったのがきっかけでした。よその会社の営業マンが会社に来た時など、「どう儲かってる?」と聞くと「儲かってるんでしょうねえ・・・」と自分には関係ないという答えが返ってきます。
結局社員はどこの会社でもいい。募集があったからうちで仕事をしているだけのことです。こんな厳しい仕事を好きこのんでやっている筈はない。その社員たちに社長になったつもりで働いてもらうためにはどうしたらいいのだろうかと、ずいぶん悩み、勉強もしました。その結果、儲けを公開して、儲かったものは社員みんなで分ける形にするしかないやろなあと気がつきました。思い切ってボーナスではなく、儲かった分をみんなで山分けしようと「分け前」という制度を考え出しました。毎月、月次決算を公開して、出た利益の三分の一を「分け前」とします。「分け前」は貢献度に応じて半年毎に社員に配ります。貢献度は、私が社員にこうして欲しいと思うこと11項目を書いたものを全員に渡してあります。はっきり文章で示すほうが社員は分かりやすいと思います。
「ニアピン賞」とは、毎月社員も、アルバイト・パートタイマーもみんなで経常利益の当てっこをするんです。月次決算が出た後で、一番近かった人が「ニアピン賞」として1万円を受け取ります。ズバリ賞は2万円です。(笑)30年間ずっと続けています。おかげで全員が「損益分岐点」も知っていますよ。
◆決算の公開とは思い切ったことをされましたね。社員の皆さんに変化はありましたか?
人はなんで動くと思いますか?私は「利」だと思いますよ。坂本竜馬は薩長同盟を成功させた功労者ですが、勤皇の志士たちが集まって喧々諤々の議論をしている中で、坂本竜馬は一人議論の輪から離れていました。「なぜ議論に入らないのか」となじられたのに対して、竜馬は「人は利で動く。正義では動かない」と答えたそうです。犬猿の仲の薩摩と長州にそれぞれにとっての「利」は何かを示したんでしょうね。
社員は、「儲けるシステム」を共有することで、惚れ惚れするような社員集団に変身しました。仕事そのものはえらいですが、みな会社の儲けを意識しています。会社の儲けが分け前に関係してきますから、関係があるから関心もある。だから、経営者になった気持ちで働くようになりました。節約すること、道具を大切に扱うこと、素材に対しての原価意識も出来てきました。
◆他にも愉しい経営をされているそうですが?
私がチベットで買ってきた大きな銅鑼があります。新しい得意先ができたとか、何かいいことがあった時に、朝礼などでその銅鑼をたたいてみんなに知らせる係りがいます。一番若い金髪の男の子ですが、いいことの度合いで、「一発いこか、二発や」と、みんな拍手と爆笑ですわ。会社にとっての良いことは、社員にとっても良いことであり、会社の利益は社員の利益ですから。
うちの仕事はキツイ・キタナイ・キケンの3K+アツイの3K+1Aです。特に真夏に金属を溶かす仕事は、汗が吹き出て目玉が飛び出そうになるくらい暑いです。それでもそれはそれで、みんなここにおったら面白いと思ってやっていますわ。毎年夏場に「この暑さに一言」という標語を募集しています。もちろん賞金つきです。少し紹介しましょう。
「社長、ビール飲ませてくれ!」「チクショウ、矢でも鉄砲でも持ってきやがれ」「分け前を倍にしてくれ」(爆笑)
賞金・参加賞への欲と楽しみの二人連れでしょうが、考えている一瞬だけでも暑さを忘れられますしね。(笑)他にもいろいろな標語を募集していますよ。例えば、「ボロクチ」(儲けの多い仕事)にひと言っていうものあります。
「また来いよ」「友達を沢山つれといで」「来月もおいで」「お前大好き、来月も来てな」(爆笑)
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