結婚されて京都にいかれたのですか?
主人が京都の人でした。京都に行くことで、私のこれまでの生活はゼロになってしまいました。これからどう生きていくのか何をしようかと思った時、結婚したのだから子どもが出来れば子どもを産んで育てることが第一。それをするためには10年は必要だろう。その10年で自分がしたいことを見つけようと思いました。
ステンドグラスをやろうと思ったきっかけは?
ある時、ステンドグラスプロコース募集の広告を見つけたことです。プロコースを終えたところで、必ずプロになれるとは限りません。本当にできるかどうかとても不安でしたが、今これをやらなければという気持ちの方が強かったのです。
ステンドグラスを始めるには道具が必要です。プロコースですから、初めから少しは投資が必要です。そこで、主人に「投資してください」と頼みましたが、後になって、「あの時の投資、回収できていないのと違う」と言われてしまいました。(苦笑)とりあえず2年間という約束で、ステンドグラスの教室に通い初めました。
ステンドグラスを習い始めて、15歳の時に母に連れられて母の友人のシスターに会いに教会に行ったことを思い出しました。その教会はステンドグラスの柔らかな光に包まれて、なんとも心地よく気持ちのいい空間でした。学生時代は、その教会が近くにあったので、悩みを抱えたときなどよく教会に行きました。ただ座っているだけで、心が落ち着き、穏やかになって家に帰ったものでした。気づかないうちにステンドグラスに癒されていたのです。ステンドグラスの癒し効果は、素晴らしいなあとステンドグラスに関るようになってその思いはどんどんと強くなってきました。
2年のプロコースを終了されてからどうしましたか?
とにかく技術をマスターしようと頑張りましたが、いざ終わってみると何をしていいのか戸惑いました。まずは自宅で教室を開いてみたのですが、長女の個室を作る為に自宅を改装したときに増築したアトリエは家の一番奥で、生徒さんは家の中を通ってアトリエに行くことになるので、当時は女性の生徒さんに限らせてもらいました。5年前に全改装をして、1階すべてをアトリエにすることができました。 また、手作り展が流行っていたこともあり、2つのデパートに置かせてもらいました。年に3〜4回ある手作り展に出す作品作りに追われることになりました。しかしデパートは作品展といっても売ることが目的ですから、あまり高いものは売れません。安くてしかも商品を切らしてはいけない。初めは何が売れるかもわからずたくさん作りました。その結果在庫ばかり増えていき、しかも自分の作りたい作品ができないストレスが溜まり、視野も狭くなっていきました。これは違う!と、大量生産の商品作りは、1年でやめました。この間に講習会もしていたので生徒も増え、少しはアトリエらしくなりました。
この時期に京おんな塾を受講したのですか?
私はステンドグラスのプロコースを終了し、教室を開いたものの、その後どうしたらいいのか分からない状態でした。この京おんな塾とは、京都市が主催する女性のための起業セミナーです。私が受講したのは1997年の第2回目でした。起業に必要だと思われる内容を4日かけて学びました。その受講中に、「STEP(ステップ)」というメンタルセミナーを主催している井上和子さんと出会いました。この「STEP」は、アドラー心理学を基本にした勇気付けセミナーで、だれでも考えやすい親子関係を基に構築されています。私も受講後に「STEP」の良さを実感しました。その後、1998年に井上さんと「STEP」を基にした「Joyitジョイット」という、積極的に社会参加を目指している女性たちのメンタル面のサポートをしていく会を作り、現在も活動しています。現在会員は200名ほどいて、井上さんがメンタルサポート部門を担当し、私はJoyitの会報の編集と会員相互のリフレッシュ企画を担当しています。
◆ ステンドグラスの仕事に加えてされているのですか?
はい、続けてこられたのは、私が井上さんと離れてはダメだと感じたからです。井上さんと一緒に「Joyit」の活動をしたおかげで成長できたと思っていますし、彼女がいなければ仕事を続けてくることもできなかったかもしれません。「Joyit」を運営することで、仕事に対する考え方、人との協調の仕方、社会で生きていくために必要な多くのことを学びました。ステンドグラスの仕事をしていく上で、「STEP」や「Joyit」は心の支えになっています。
日本ステンドグラス作家協会の立ち上げメンバーとなり、2009年に京都で協会展を開催しましたが、その実行委員となり無事開催することに奔走しました。当然のことながら、トラブルや意見の相違等さまざまな出来事が起こりました。その都度感情をはさまず、事柄の要点を見直しました。問題の不要な飾りを削ぎ落とし、本質を引き出し、優先順位を考えて処理するというSTEPで身についたことが大いに生かされました。思いがけない大きな役目でしたが、とてもよい経験ができたことを今では感謝しています。
|